新大阪ぁ新大阪ぁ
馴染みのアナウンスと共に、我が新大阪に着いた。
新幹線を降りてホームに降り立つと同時に複数の仲買人に連絡を入れる。
みんな東京からのネタを待っていたようだ。
さらにその下には多くのプッシャそしてポン中たちが渇きを癒す時を今か今かと待ちわびているに違いない。
ただ安心するのはまだ早い。
買ってきたネタが間違いなのないものか、信頼するディーラーに確かめなければならない。
そうするまで安心はできない。
何しろネタは毎回違う。
これは運次第といいていい。
一つ言えるのが多くのシャブをまとめ買いするにつれて、ネタは安定するということだ。
おそらく途中で混ぜ物が入る機会が減るからであろう。
悪質な業者はシャブにいろんなものをふりかけるのだ。
それでカサ増しして販売する。
末端に近づくほど量が増え品質は低下していくのだ。
今回のネタの品質はどうだろう?
大量買いでも、シャブとはいえないクソネタを引くリスクはいつもある。
悪いネタを大量に仕入れた時ほど後の処理に困ることはない。
何しろ大金がかかっているのだ。
しかも、売った後に文句を言われたら、相手は世間クレーマーの比ではない。
とても面倒なことになる…。
駅近くの駐車場に向かいながら、その日うちに会う約束をしているマッカーさんと会話する。
「無事大阪に戻ってきましたよ。今回は一キロあります!ピンクシャネル(MDMA)も千発ありますよ」
「社長、お疲れ様です。1キロですか!すごいですね!今回のネタはどうですか?ピンクシャネル1000個!?そんなにあるんですか?」
僕はなぜか社長と呼ばれている。
「よくわからないですね。今から持って行きますよ。試してください。シャネル売れないですか?」
「いや絶対売り切りますよ!時間はかかるかもわかりませんが」
そういって電話を切った。
いつもの車庫でミッドナイトブルーのベームベーに乗り込んで、新御堂を梅田のビル群めがけてぶっ飛ばして、マッカーさんのアジトに向かった。
キメ友サイト
マッカーさんとは数ヶ月前に、キメ友サイトで知り合った。
キメ友サイトとは、シャブが欲しい女とキメセクをしたい男をマッチングするサイトだ。
僕がまだ駆け出しの時にプッシャのSからその存在を教わった。
掲示板に男女がキメ友を探すために工夫を凝らして色々書き込むのだ。
キメ友とは薬物を乱用して遊ぶセフレのことだ。
そんなヤバイサイトがこの日本には存在するのである。
例えばある男は「今から遊べる女の子いませんか?こちら、優しい紳士で見た目普通の30歳、おみや1ジーあり!」
などと書き込む。
これは、僕がシャブをご馳走するので、いますぐキメセクをしたい女の子連絡くださいね。
もしきてくれたら、お土産として1gの覚醒剤をプレゼントしますよ。
という内容だ。
またある女は
「私は19の見た目普通の女、S経験少な目です。車持ちの優しい方連絡お待ちしてます。おみやがあれば嬉しいな」
などと書き込む。
すると、その書き込みを見た、シャブユーザーの男子が競って返信してマッチングの完成という仕組みだ。
普通の世界に住んでいる人間には想像はできないだろうが、シャブがやりたくて仕方のない女はことの外多い。
前に付き合っていた男から教わったり、昔不良で興味本位で体験してみたりしてシャブの味シャブセックスの魔力に取り憑かれてしまった彼女たち。
不幸にもその味が忘れられず、とはいえ昔繋がりを掘り起こしてはやぶ蛇になる。
悩みに悩んだ末、それならばいっそ全く知らない男から…
そう思いつめてる女もいれば、もうドロドロのシャブユーザーになって、シャブと棒があれば誰でもいいというヘビーユーザーまで、経歴年齢容姿様々な女たちが相当数アクセスしているようだ。
男もどうしようもないポン中もいれば、かなりの上級ディーラー、本職の現役などバラエティに富んでいる。
それらの男女が話が合えば会って、即キメセクをするという画期的なシステムなのだ。
そのシステムで僕は怒られるの承知でネカマを演じ、たくさんのプッシャやドラッグディーラーと知り合いになった。
強面のアウトローたちも女を誘う時には本音が出る。
闇の住人もその鎧を脱ぎ捨てて、ただの男になるのだ。
まず、書き込み文から、その人の品性と懐具合が想像できる。
なるべくコシャではなく大手を狙いたい。
そこに目をつけた僕は、いい女を演じて相手の気を引き、完全に盛り上がる前に種明かしをして、取引の話に移行するのだ。
ただしそのタイミングがやや難しい。
なにしろ向こうはやる気満々でいるのだ。
そこから、急にビジネスの話に切り替えないといけない。
もちろん激ギレされることもある。
ところが不思議なことに、大きな商売をされている人ほど、現実を受け止め柔軟に対応してくれたものだった。
2ちゃんねるより効率よく大物と出会うことができたのだ。
マッカーさんともそこで知り合った一人で、かなり大手の仲買人だ。
初めて彼と会った時のこと
その当時は定期的に買ってくれていた、ヤクザのミスターYがおかしくなり、僕の大麻200gを持ち逃げされて落ち込んでいた時のことだ。
お金も惜しいけれど、安定した売り先を失うということは、すこぶる不安な気持ちになるものだ。
なんとか安定して買ってくれる硬いディーラーを探さなければと、その時期、僕は必死になっていた。
そこで思いついた技が、先ほどのキメ友サイト逆ナンアタックだ。
確かあの時はこう書いた。
「私は22歳の女です。大麻を育てるのが大好きです。作り過ぎてしまったので買いとってくださる優しくてリッチな紳士の方募集します。見た目は自分ではわからないけれど、カワイイと言われることが多いです。」
それはブリブリと絵文字使って飾り立てたものだ。
その書き込みの後、ものすごい量のメールが僕の飛ばし携帯に入ってきた。
ほとんどが欲望丸出しのワンパターンなメールだ。
それらを一つ一つ、ニヤニヤしながら吟味しているうちに、僕のセンサーがマッカーさんを見つけ出した。
マッカーさんの返信メールの内容をよくは覚えていないが、ユーモアと余裕とセンスを感じさせる内容で、ビビっときたことだけが記憶に残っている。
早速マッカーさんとメールをかわし、例のごとく盛り上がる前に僕は男です。そうカミングアウト。
すると彼、さすがは僕の見込んだ闇の紳士だ。
なんのこだわりもなく瞬時に雄モードから売人モードにチェンジした。
この変わり身の早さが、優れた売人に必要とされる資質で、マッカーさんは優れた自制心と状況判断力の持ち主なのだ。
すぐに電話で話しましょうとなって。
トントン拍子に値段と量の取り決めが終了して、その日の夜に彼のアジトで会う運びとなった。
島之内のアジト
ドブ川の近く、あまり美しくない都会の裏通りをゆっくり走って目的地に向かう。
話に聞いていた駐車場では、彼の若い衆が待っていた。最初からとてもいい感じだ。
いきなりヤクザのような挨拶をされて、車の運転を変わりますと言われた時はビビった。
こいつに僕の車パクられるんとちゃうかってね。
でも、度量の狭いところは見せたくなかったので、「すみませんね」
といって運転を交代した。
高級ホテルのようなサービスだ。
車庫の隣の、裏通りの薄暗いマンションの指定された階まで、すえた匂いのするエレベーターで上がっていく時は流石に緊張した。
指定の階でエレベーターを降りると、すぐそこに指定の部屋があった。
ドアを開けるといきなり広い部屋でびっくりした。
その奥の大きなデスクに顔面タトゥーの彼は座っていた。
ぱっと見デスノートの死神にいそうな顔だ。
迫力ある見かけとは裏腹に優しい喋り方で驚いた。
「初めまして」
「カワイイ女の子が野菜を売ってくれるんですね」
そう笑いながら受けてくれたマッカーさんがとても好きになった。
「いやー本当に申し訳ないです。でもこうして出会えたのだから勘弁してくださいよ」
「いえいえ、何をおっしゃいますやら。こちらとしても願ったり叶ったりです」
そう言いながら、話はマッカーさんと話を始めた。
刑務所コネクション
彼は刑務所から出たばっかりなのに、もうプッシャ稼業を始めたらしい。
刑務所内でたくさんの同業と知り合い、いろんな流通経路を確保してパワーアップしたようだ。
刑務所の矯正効果なんで薬物に関してはこの程度だ。
中に入ってる時は心底やめようという気になってる人もいるにはいるが、外に出ると結局ダメになる。
これも2回3回すると、安く手に入る情報とか、警察に捕まらない方法などを勉強する施設になって、ますます手に負えないヤク中を量産するだけだ。
薬物で逮捕して刑務所に入れるのは間違いなく失敗な実例を僕は多く見てきた。
薬物関係の法律は全て公務員のための法律で、非人道的な悪法だ。
取引
まだこしてきて間がないらしく、多少散らかっていたが、なかなかセンスのいい居心地のいい部屋だ。
やはり、無造作に置いてあるドラッグ類に目がいく。
僕が興味深そうに眺めていると、気を利かせて、彼は積極的に見せてくれた。
テーブルの上にはレンガのようなチョコ(大麻樹脂)があった。
タッパの中にはアルミホイルで包まれたそれはとても美味しそうな手作りチョコレートのようだ。
これは知り合いが密輸したものらしく、入手した経緯をとても楽しそうに聞かせてくれた。
そして応接セットのガラステーブルにはコカインが、僕がそれを見ているとコカインについてもいろいろ興味深い話を聞かせてくれた。
クラックやフリーベースの作り方について学んだのもそこでのことだ。
入り口のスペースに大麻の袋がたくさんあり、僕が
「大麻もたくさんあるんですね」
というと、
「レギュラーはたくさんあるんですが、ハイグレードがないんですよ」
「僕のものはハイグレードと思ってますがいかがでしょう?」
そう言いながら自信作のスーパーレモンヘイズを差し出した。
「すごい匂いですね!これなら高くても売れるでしょう!」
そう言っていい値で200g現金で買ってくれた。
僕はすっかり気分が良くなってしまった。
(見た目はイカツイけど面白い人ばかりやな!やっぱりこの業界は楽しいぜ!)
気分を良くして帰る時、若い衆が
「いい車ですね!」
僕にそう言いながら鍵を返してくれた。
僕が
「せやろ?」
と得意げにいうと。
「はい!俺もこんな車乗れるように頑張ります」
「せやな!がんばりや!」
そんな調子の乗ったことを言いながら、札束をポケットに突っ込み上機嫌だったのだ。
マッカーさんとの初対面は確かそんな感じっだった。
シャブ中
マッカーさんは判断と決断が早くて仕事ができた。
あれだけ優秀ならば、普通の仕事をしてもすぐにできるグループに入れるだろう。
そんな彼でもシャブユーザー。
その点だけは残念だった。
それさえなかったら今でもいい関係だったに違いない。
シャブは若木のように脆い、知り合ったばかりの友情をいとも簡単に踏みにじらせる。
強い意志を持ち、6個も7個もある飛ばしの携帯を、右耳で受け左耳で受け、素早く捌き部下に指令を出し、商品の配達に向かわせる。
阿修羅のような仕事ぶりの彼も、次第に輝きを失っていくことになる。
それもシャブのせいである。
シャブは人間を怠惰にしてしまう。
一時的に限界突破のパフォーマンスを発揮できるが、それはあくまで一時的。
結局大切なのは瞬発力より継続力であることの方が、どのような世界にでも多いのだ。
コツコツと続けることの大切さ。
シャブはその大事な継続力をスポイルしてしまう。
どんどん退化させてしまう。
使えば使うほど用量は増していく。
きっぱりやめた人間を僕は一人しか知らない。
100人以上のシャブユーザーを知っていて、なんとたった一人。
アッパー系の薬物にはそれほどの魅力があるのか?
なんとも恐ろしい薬物ではないか。
僕はシャブに対するイメージがとても悪い。
大麻とは全然違う。
シャブを売るためにはシャブの味見が欠かせないのだろうか?
シャブをやらずにシャブの売買でミリオネアになった若者の伝説などをヤクザから聞かされたことがあるが、本物に出くわした試しはない。
『シャブを売るならシャブをやるな』
そんな格言がまことしやかに語られるが、そんなやつ見たことない。
でもここにいる。
この僕だ。
僕は頑なにシャブを拒否し続けた。
強力な好奇心に打ち勝てたのは、なりたくない人になることを恐れる、ただその心だけだ。
マッカーさんにネタの評価をもらうため、東京から仕入れてきたシャブを机上に取り出した。
「やっぱり1キロともなるとすごい量ですね!」
テンションが上がっているようだ。
彼はすぐに腕を捲り上げ、シャブの味見をした。
僕は彼が口を開くのを固唾を飲み込んで待っていた。
しばらくして彼は、
「このネタはとても面白ですね、僕は好きです。売れますよ。とりあえず100グラム置いていってもらえませんか?」
相変わらず独特の表現だ。
ネタの品評はあまりしない。
今回は好感触のようだ。
僕は安心した。
これで今日の一日は報われた。
求められたものを無事に供給することができたのだ。
つづく
大麻物語は物語です。ノンフィクションではありません。実在の人物や団体などとは関係ありません。