大麻物語 シーズン2 4話「Sを売るまでの軌跡」

大麻物語

動機

その当時の僕の考えはこうだ。

大麻を売るのはとても悪いことだ。

でも金を稼ぎたい。

これから派遣やバイトで日本社会の末端として働くのもしんどい話だ。

少々のことには目をつぶって、大麻を売って稼ごう。

大体こんな感じだ。

さて、僕はお金が欲しい。

お金のために悪いことをしているのだ。

では、そこまでして欲しいお金ってなんだ?

いろんなものに変えられる魔法の券

大体こういう具合にとらえていたと思う。

これがないとさびしい、不安だ。

そんなところだ。

あればみんなひれ伏す、ちやほやされる。

ハッピーだ。

まぁそうだ。

無くなると不安だ。

なんせ今まで、お金に困ったことはなかったから。

金がなくなるという未知の恐怖。

そんな恐怖とは永久におさらばしたい。

初めはそう思って大麻を作ったのだ。

お金

その時キャッシュで一千万ほどあった。

そんな大金これまで持ったことがなかった。

一千万。実際手にしてみるとあまりのコンパクトさに驚く。

全くお金持ちになった実感はない。

毎月生活費に50万円かかっている。

今すぐ収入が途絶えたらどうなる?

20か月しか生活できない。

たった2年も持たないのだ。

せっかくリスクを冒してやってるんだから、

一億くらい稼がないと割には合わない。

そう考えると今のペースはまどろっこしい。

栽培を始めて半年足らずで、

しかも贅沢な生活をしながら1千万たまったのだから、

それは祝着な話だと思うのだが、

そのおめでたい状態を手放しで喜ぶような気分には到底なれなかった。

贅沢な食事をして、いい車にのってもすぐに飽きてしまう。

食べている時、新しい車に乗っている時、その時々の幸福はあるが、

いつ逮捕されるかもしれない。

そう考えると心の休まる時はない。

さらに、これでいいのか?このままでいいんか?

そう問いかけてくる声には答えるすべを持たなかった。

転機

そんな時にKNさんから電話があったのだ。

金をさらに稼ぐチャンスだ。

大麻も違法なんだから覚せい剤も同じ 。

そう考えられないこともない。

覚せい剤を売る方がもうかるのは間違いない。

何しろお金さえあればいくらでも売れるからだ。

Sとの付き合いで分かったのだが覚せい剤は呆れるほど売れる。

3日に1g必要な人は一か月に10g消費する。

それが増えることはあって減ることはないのだ。

その人が逮捕されるか亡くなるかするまでは。

自分の意志で辞められるポン中は100人に一人だ。

精神科の患者さんにとっての、向精神薬並みの安定収入だ。

製薬会社と厚生労働省による必勝のビジネスモデルには及ばないが。

それでも真面目に覚せい剤を売れば莫大な収益になるだろう。

ブッダは執着が人間の不幸の根本だと説くがまさにその通り。

覚せい剤をやってしまうと、ただでさえ煩悩の多いこの時代に更なる煩悩の重荷を背負い込むことになる。

”執着の薬”を売ろうとする僕はまさしく悪の権化マーラだ。

大麻と覚せい剤

その当時そこまで深く考えていはいなかったが、大麻を栽培して売ることと、覚せい剤を大量に買い付けてばらまくことの間には大きな隔たりがある。

そういうことは感覚的にわかっていた。

大麻は執着を生むようなものではない。

良質の大麻を大量生産して一年弱。

その気になればいくらでも吸えるが、他を犠牲にしてまで吸おうとは思わなかった。

家に帰ってかみさんに、いつもと違うテンションの僕を見せたくないから。

ただそれだけの理由で、自分に大麻を吸うことを思いとどまることができた。

覚せい剤ではこうはいかなかったであろう。

かみさんに隠れて腕にポンプを打ち込み、いつも顔は汗だくになって戦々恐々としていたに違いない。

その姿を見て心配するかみさんに「イケル!イケル!」そううそぶいて、毎日ニコニコ注射していたであろう。

いつか必ずやってくる、カタストロフィーの時まで。

再び…S

そもそも覚せい剤と縁を持ったのはSを通じてだ。

彼は愛すべきポン中だが、彼に限らずポン中にはありがちだが、自己管理能力が低下していた。

最初の頃、彼からバッズの注文があれば、10gでも20gでも配達した。

だがある日、急に5gもってこいといわれて、さすが面倒になってこう言ってやった。

「もう少しまとめて注文してくれよ。大麻を持って大阪中車で走り回るのはサブいわ」
(サブい:警察に見つかると思うと「ぞっとする」という表現)

彼は僕の大麻を2,300円で買って、どうやら5,000円~8,000円で売りさばいていたようだ。

僕が次第にジャガーやらBMWやらを買い足す間、彼は相変わらず同じようなオンボロ金融車を乗り継いでいる。

モンクレーもパチモンだった。

もうとうにひと財産築いてもおかしくないはずだ。

それにもかかわらず彼の生活は一向に上向かない。

彼は稼いだ分をすぐに使ってしまうのだ。

インカジ

彼はシャブをやるだけではなく、ギャンブルもする。

それもあかん奴だ、彼はインカジとよばれるインターネットカジノや、闇スロといわれる闇スロットマシーンなどにはまっている。

一度彼にネタを渡しに行ったときの事だ、彼に指定された待ち合わせ場所は、大阪日本橋のインカジだ。

日本一交差点の北西ブロック界隈は、様々なタイプの風俗、大小ラブホテル、安い飲み屋、パチンコ屋、JRAなど、昭和の男の嗜み「飲む、打つ、買う」が全てこの狭いブロックで完結できる、大人のシャングリラだ。

その魔窟のような街の奥の奥、とある雑居ビルに彼の指定したインカジはあった。


裏路地を入って非常階段を上っていく。

タンタンタンと足音をたてて、辿り着いた入り口にはこちらを睨むカメラ。


インターホンを鳴らすと、細長い覗き窓から2つの目が。

分厚い鉄の扉を開けて通された先は、拍子抜けするほど明るい白色蛍光灯の照明の元、パソコンがずらっと並ぶネットカフェのような空間だった。

内装にそぐわない座り心地の良さそうな椅子。

だが椅子に座っている連中の顔つき目つきが違う。

明らかにポン中っぽい人たちがちらほら。

売人やプッシャはここでモノを買ったり売ったり、そして、打ったり(博打を)、打ったり(シャブを)してるのであろう。

ここインカジはポン中にとっては楽園(いや地獄か)なのだ。

取引が終わって金を手にしたSがパソコンに向かってマウスをカタカタさせ始めた。

モニターでは明らかに海外製のスロットマシーンがクルクル回っている。

今日いくら稼いだのかわからないが、ほんの数分で1万が溶けた。

こんなクソゲーよくやるなと思って見ていると、30分ほどで10万以上吸い込まれている。

僕はやめた方がいいよ。

普通に商売頑張ってやろうよ。

そんな意味の声をかけたと思う。

だが彼の耳には入らない。

「この前なんか30万勝ってんぞ!」

そういって実験台の猿のようにマウスをクリックしづつけた。

彼はさらに店員に何万円か渡してゲーム内のチップを増やした。

それを見た僕は、呆れ果てて彼に別れを告げ一人でさっさと出て行った。

出ていく僕に一瞥もくれず、彼はモニター上で回るドラムを凝視していた。

Sとのビジネス

商品であるシャブに手を付ける、高レートの違法ギャンブルにも手を出す。

こンなんでは稼げるわけがない。

彼がどうして末端プッシャから上に上がれないのかがわかった。

僕はせっかく知り合った彼に成功して欲しかった。

彼にはとてもいいところがあった。

大阪市内の全ての交差点の名前や、繁華街の裏路地の裏の裏まで知り尽くしている抜群の記憶力と、

苦境をものともしない逞しさ、そして時折見せる愛嬌、そして野心があった。

シャブに手を出していなかったら、シャブを止めることができたら、彼はもっと大物になっていたに違いない。

もっと違った景色を見れたに違いない。


心情的なこと以外にも、僕には彼にお金を持ってもらいたいビジネス上の理由があった。

それは、今のように小刻みな取引をやめ、まとめて買い取って欲しかったからだ。

彼は僕に、モノを預けてほしいと言うことがあった。

そうすればもっと売れるのにと。

僕からしても、小刻みに10、20と持って行ってくより、

100、200と渡して、20万、40万ともらった方が楽だし、第一安全だ。

だが僕は彼を信用していなかった。

ネタを預けることはせず、大きな取引がある際には彼に同行した。

彼にネタを渡して彼の車で待ち、彼が大麻を客に渡してきてお金を持ち帰る。

そして彼はその売り上げから手数料を引いて僕に現金を渡す。


取引の場所は大阪の至る所で行われる。

ホテルの一室ならまだ安心感がある。

だが、

宗右衛門町のホテルのロビーであったり、

鰻谷の雑居ビルの非常階段であったり、

周防町のポプラの中であったり、

はたまた梅田ドンキ前の路上駐車の車中であったり、

こんないつ職質されてもおかしくないような場所で、数百gの大麻を抱えるのは流石に嫌になってきた。

「S、もっと安全にやろうや」

だが相変わらず

Sは「イケルイケル」

そう答えるだけだった。

つづく。

この記事を書いた人