突入
車をフリーダムのロッカーに最も近い路上に横付けして車をおりた。
真っ黒いハイエースから降りて歩道に入りずかずかとシャッター前に向かった。
僕と弟は行列からの冷たい視線を物ともせず、先頭の横に並んだ。
列に並んでいる人たちは、僕らに何か言いたそうだったが、耳にブルートゥースヘッドセットをつけて、怒りと焦りと不安で顔を歪ませ僕たちに。誰も何も言わなかった。
列の先頭に陣取ることができた。
ほぼそれと同時に店員がシャッターを開けた。
弟は店内を偵察するために店に突入した。
僕は真っ先に昨日ネタを預けたロッカーを確認した。
「!」
やはりというべきか。
ロッカーは空だった。
即座に弟に報告する。
「おい!ネタはないわ。フロントに確認してくれ」
「わかった…」
答えながら弟はフロントに急いだようだ。
僕は店外を駆け足で一周して、店周辺に警察官がいないかを偵察した。
弟の方は、どうやらフロントに到着して店員と話しているようだ。
「どうや、荷物あるいうとるか?」
「あるらしいけど。ちょっと待っててくれ言うとるな」
この会話をしながら僕は店内に再突入した。
「周りに警察おらんかったか?」
「今確認してきたけどおらんかったな」
「…」
店員がフロントの奥に入ってからかなり待たされている。
かれこれ5分くらいだろうか?
いや3分くらいか?
気が急きすぎて時間感覚がおかしくなっているようだ。
弟に話しかけてみる。
「おいっ!えらい時間かかってるな?」
「そうやな」
『荷物はまだ見つからないですか?』
店員に催促しているようだ。
『もうしばらくお待ちください』
ぼくはもう一度外に出ようとパチンコ屋の戸口に向かって歩いた。
すると…
視界にはあの禍々しい制服の姿が!
決死の脱出
「ポリやー!逃げろぉ!」
そう叫びながら、僕は車のほうに急ぎ足で向かった。
だが、フロントと車の間にはメガネのでっぷりした警察官の姿が
(!)
(ヤバい)
「こっちくんなっ!右から逃げろ!ポリおるっ!」
そう叫んだ。
都島本通りに面した道路に車を止めていたが、警官はそっちの入り口からフロントを目指していたのだ。
このまま、弟が車に戻ると、確実に警察官と鉢合わせになる。
右の東側の出口には警官の姿はなかった。
僕は外周を偵察した後、そちらから入った時、何の気配もなかったから即座にそう指示をだしたのだ。
「んっ!!」
弟はうめき声を上げダッシュしたようだ。
全く声が聞こえない。
ヘッドセットからはガサガサとノイズが入るだけになった。
「ハアハア」という息遣いもする。
僕は弟が逃走するであろう都島本通を東に走った。
依然ヘッドセットからはガサガサ音がする。
大川手前のファミレスのあたりで車を止めた。
「おい!大丈夫か?」
まだ走っているようだ。
「…」
「…」
「はぁはぁ」
次第に激しい息遣いが緩んできたようだ。
「おい!だいじょうか?」
「…」
待ってる時の時間のなんと長いことよ!
頭の中に最悪の光景がぐるぐる回る。
(捕まったらどうなんねん!)
彼にも妻がいて、さらに幼い子供が3人もいる。
もし逮捕されたらどうなるんだ?
僕は真っ先にそのことを考えた。
そして、僕たちはまがいなりにも会社を経営している。
会社の従業員、取引先や知り合い。
その人たちに大麻取締法違反で逮捕されたなんて、どの面下げて申し開きすればいいのだ!
僕たち兄弟は体力には絶対の自信がある。
特に走ることに関しては同年代で常にトップをとってきた。
彼は絶対に逃げ切るに違いない!
あんなメガネのデブに捕まる訳はない!!
しばらくして…
彼の声が、
「…はぁはぁ、大丈夫や」
彼は逃げ切ったのだ。
クールダウン
「やばかったぞ」
「大丈夫か?」
「なんとか撒けたわ…毎日ジョギングしといて…よかったわ」
はあはあ言いながら無事を伝える声を聴いて僕は心底胸をなでおろした。
「今どこや?」
僕は場所を確認した。
「ここどこやろう?ああ、天満橋筋手前の路地や」
彼は600メートルほど全力疾走したようだ。
「その先の樋之口町の交差点のちょっと前に車止めてる。クールダウンしながらゆっくり歩いてこいや」
僕は笑いながらそう言った。
ほんの数分後、彼はハイエースのドアを開けて車に戻ってきた。
まだ息は上がっていたが、落ち着きは取り戻していた。
「お~いヤバかったなw」
僕は引き攣った笑い顔でそう声をかけた。
「今回ばかりはあかんかと思ったわ」
弟はそう言って地獄から生還したような顔をしていた。
そして、
「もうSと付き合うのは止めたほうがええんちゃうか?お前いつかパクられるぞ!」
そういって車のシートをリクライニングして、タバコを吸い始めた。
僕はタバコを吸わないので、車の中では弟といえども遠慮してもらっていたが、今回ばかりは何も言わなかった。
ゲートウェイドラッグ→ゲートウェイパーソン
「Sの売り上げもバカにならんぞ。それと、あいつがおらんと色々こまんねん」
僕はこう言って彼をなだめた。
飛ばしの電話も彼に言えば手に入れて来てくれる。
それに最近興味を持ち始めた他の違法薬物も彼なら入手できる。
銀行口座も頼めば信頼できるものを持ってきてくれる。
確かにめちゃめちゃなところがあるが、彼がこの世界に精通していて頼りになるのは確かだ。
僕は今彼にMDMAとLSDを頼んでいる。
すぐにいいネタは見つからないかもしれないが、時間はかかってもいいから、効果の素晴らしい本物を持ってきてくれとお願いしているところだ。
実際Sは、僕にとっては闇の世界のゲートウェイのような存在だ。
大麻がゲートウェイドラッグなわけではなく、プッシャーであるSがゲートウェイパーソンとなっているのである。
違法化されたら、どんな薬もゲートウェイドラッグとなりえるのだ。
持ってくる人間がゲートウェイパーソンとなるから。
例えばロキソニンが 日本政府から違法に指定されたとしよう。
Sがロキソニンを販売していたら、当然買う人もいるだろう。
鎮痛剤に依存している人はこの日本にとても多いのだ。
Sに会うたび、いろんな薬の営業を受けることになる。
薬に対して知識のない人なら言われるがまま、その内シャブに手を出していくのだ。
Sのドラッグに関する説明はとても偏っている。
効能の面だけを強調し、副作用については軽視している傾向がある。
彼のような薬剤師のセールストークを鵜呑みにして、依存性の高い強力なドラッグを体内に入れてしまったら、たちまち薬の虜になって身を持ち崩してしまう。
薬が悪いのではなく、売る人と使う人の問題なのだ。
法律でドラッグを規制すればするほど市井には間違った用法で薬を乱用する人が増える。
流通量が制限され値段は跳ね上がる。
法律で薬物を規制してもいいことは何もない。
かく云う僕も、大麻をきっかけとして、リクリエーションドラッグとしての違法薬物について調べまくった。
とりあえず違法薬物なのだから、効果が高いのだろうと。
国が保証した効くお薬というわけだ。
そういう考えから違法の薬にターゲットを絞ってその効果を調べまくったのである。
特にやってみたいと思ったのは、SEXした時に気持ちのいい薬物。
SEXドラッグだ。
自分で使ってみたくてネット検索しまくった。
大麻を吸ってセックスするとこの上なく気持ちいいと思ったからだ。
他のドラッグは更に気持ちいいという。
どんな世界が、そこには繰り広げられているのだろう?
体験するしかないだろう?
SEXドラッグとして一番すごいのはやはり「シャブ」だろう。
あまりにもその効果がてきめん過ぎて僕は終生シャブを封印しようと決めたほどだ。
僕のシャブとの出会いはもちろんSだ。
あまりに非常識な、とても周りに迷惑をかける方向に非常識な人間を作るように見えるこの覚せい剤。
日本人の永井博士の発明した、世界最高の興奮剤。
第二次世界大戦では日本軍の兵士に使われたのだ。
特攻隊にも投与されたらしい。
その恐怖を取り除くために。
服用すると瞳孔が開くことから猫目錠と呼ばれた。
まあ日本だけでなくナチスや英軍でも投入されたみたいだが、
ナチスでもこの薬なんかおかしいぞ。
軍のモラルが下がって大変なことになってるぞ。
そう気づいて禁止されたようだ。
日本軍はそんなことお構いなし、シャブを食わせて若者を特攻させた。
なんにしても権力者にとって忌まわしいいイメージを植え付けられたすごい薬。
それがこの覚せい剤なのだ。
もらった覚せい剤
ある時僕はSから覚せい剤をもらった。
正確には借金のカタとしてもらったのだ。
ロッカー事件以来僕は懲りて、もうパチンコ屋のロッカーを使うことがなくなった。
不本意ながら、もう10g20gなら夕方までに渡し、翌日回収することにしたのである。
最初のうちはキッチリ支払ってくれたが、時間がたつにつれ、予想通りだけども、滞りがちになった。
「おいS。今日こそは全額払ってくれよ!」
最初は2万3万と少なかったツケも、現在では10万近くに膨らんできた。
僕はついに語気を荒げて回収にかかったのだが、彼には現金の持ち合わせがない。
「おい。今日払ってくれへんかったら今後の取引は無しや!」
そういって迫るとSは
「これで勘弁してや」
そう言ってシャブの入った袋にご丁寧にポンプ(注射器)までつけて渡してきた。
「そんなもん貰っても俺には必要ないぞ」
そう言って帰そうとする僕にSは
「ええで~Tさんも使ったらええのに」
「アホか。絶対やらんわ」
ところがSの次の一言で、僕は借金のカタとしてシャブを引き取ることにしたのだ。
「Tさんシャブはな…」
つづく…
この物語はノンフィクションではありません。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。悪しからずご了承ください 。