大麻物語 シーズン2 12話「岐路 」

大麻物語

見つかったかも?大麻栽培

もうやめようか。
真剣に悩んだ。
でも、やめてこれ以外になんの仕事をする?
この仕事より面白ことはそうそう無い。
そう思うと胸が掻きむしられる。

運転手から荷物を引き取って、事務所に伝票を置きに行ったが誰もいない。
そうか!
それで運転手は二階に上がってきてわざわざ開花部屋まで来たのだ。

頭を抱えて色々な可能性を考えていると弟が工場に戻ってきた。
彼が事務所にいなかったために、こんな事態になってしまった怒りから、
「おい!どこ行っとんてん」
そう怒鳴ってしまった。
弟は僕のただならぬ態度に驚いて
「なんや急に」
と、びっくりした態度で聞き返した。
「栽培一旦中止せなあかんかもわからん。運送屋に部屋見られたぞ」
そういうと彼は怖い顔をして、
「なんで鍵閉めてないねん!」
確かにその通りなので言い返す言葉もなかった。
たまたまその時に限って、開花部屋の鍵を閉めるのを忘れていたのだ。
ああ痛恨のミスだ。

一旦二人で開花部屋に戻って、状況を整理して、運送屋が入ってきたときのことを検証してみた。
ロールプレイで弟に運送屋の役をしてもらって、僕はその時と全く同じ動作を再現してみた。
弟の意見はこうだ。
『自分は栽培をやっていると知っているから、今見えた風景はすぐにそれと気づく。
ただ、緑の葉っぱと黄色いライトが一瞬見えただけで、すぐに兄貴がダッシュしてきたものから、普通の人ならそっちに気を取られて、一瞬見た光景には気に留めないと思う』

今度は僕が運送屋の役をやってみた。
確かに、パンダシート(白黒フィルム)の隙間から大麻の一部と照明が見えるが、大麻の葉っぱはこの距離から見るとそれと判別しうるほどにははっきりと見えない。
光が明るすぎて、そっちに気をとられる可能性が高そうだ。
そして、そのあとの猛ダッシュ。
なんだかこの部屋に入った事をとがめられているような気分になって、さっき見た光景など忘れるに違いない。
その後、運送会社の表情を細く観察したが、目があっても、いぶかしげな様子は全く見られなかった。

そのことも弟によく説明した。
彼も今さら栽培をやめるわけにはいかないという考えだ。
僕もそう思う。
今栽培をやめたら、半年もすればたちまち生活できなくなってしまう。
せっかく大麻をしこたま売ってリッチになれるチャンスが見えてきたところで、しかも、次の栽培設備も建設中なのに、絶対にやめるわけにはいかない。
結局ここは運を天に任せて続行することとなった。

デッド オア アライブ

物事には全て意味があって、起こるべくして起こるのだ。
しかしその渦中にいるときには気づかない。
なんでそうなったのか?
どうしてそんな偶然がありえたのか?
何年も後で深く考えると、その理由に突然気づけたりすることもある。
気づかずに一生を終えることももちろんあるだろう。
気が付けたら幸運なのだ。

僕たちに関して言うならば、何年も後に、あの日あの時やめていたら…こうはならなかった。
そう思うことがある。
あの時の、この事件はサインだったのだ。

そう納得した時、人は深く悟り、謙虚な気持ちになれるのかもしれない。

しかし僕は、その渦中にどっぷり浸かって、どんなことがあっても大麻栽培をやめるようなことはなかっただろう。
生活できなくなる恐怖。
正確にいうと、生活レベルを下げる恐怖、一から全てをやり直す不安は計り知れない。
当時の僕に、あえてそうする勇気はとてもなかった。

ああ、そうだ。
最初から結論は出ている。
どんな障害があろうとも、やり始めたからには自ら大麻栽培をやめることなんてできない。
上手くいけば行くほどに辞めにくくなるものだ。

たまたま、鍵を閉め忘れたドアを開けて運送屋が入ってきた。
なのに大麻栽培を諦めることはできなかった。
この選択が僕達の未来を創ったのだ。
僕たちの大麻栽培が終わる時は、逮捕される時だということだ。
逮捕される意外に道はない。

いやもう一つのゴールがある。
この国が合法化するということだ。
そのゴールまで無事サバイバルできるか。
だが、 その時点でゴールは全く見えていなかった。
ぼくたちに関していうならば、自分自身の意思で大麻栽培をやめることなどあり得ない。

ゴールまで走り抜けるか?はたまたブタ箱に入れられるか?
生か死か。
その二つに一つだ!

ストーリートプッシャS

さあ、やると決まったら引き続き商売だ。

今日も愛すべきSからの電話で夜の部が始まる。
Sとはほとんど毎日のように連絡を取っている。
取引は週に何回もある。
1日に複数回ある事も珍しく無い。
最初は細かい取引ばかりだった。
すこぶる面倒だったが、その細かいのを合計すると無視できない数字となった。
そういう意味では、西成のストリートスタンディングで鍛えたSは凄い!

僕たちの大麻はとても評判が良かったのだろう。
僕の耳に、客の声が直接入ってくることはないが、
「Tさんの草は大阪一や。モノの良さでは誰にも負けへん」
最初は何も言ってくれなかったSも、近頃、こう言ってくれるようになった。
彼のネタに対する信頼はこの頃絶大になっていた。
彼が客からの反応を実際に受け取った結果である。

新規がリピーターになり、そのリピーターがまた新規を呼ぶ。
その何人かがプッシャになり大口注文がちらほらと入り始める。
ただ、依然として10g未満の細かい取引に、いい加減うんざりしていた僕はSに対して、できるだけまとめて買い取るように頼んでいた。
そして大口を探すように依頼していた。

その甲斐もあってか、最近では100gの注文がよく入るようになった。
ただ彼には現金がない。
一括でネタを買い取ることができない。
そのせいで様々な弊害が生じる。


もちろんSに100gものネタを預けて家に帰り、翌日に集金すれば楽だ。
でもそうする気には到底なれない。
だから取り引きのある度に、彼と一緒にその現場に赴かないといけない。
彼と客が取引する近くまで行って、例えば車の中などで彼に物を預ける。
彼がそれを客のところまで持って行って、取引成立させ、車の中に戻ってきて僕に現金を渡す。
それを大阪ミナミのど真ん中で行うのだ。
毎回これではいつか大変なことになりそうだ。

さらにネタを抱えて、彼の客と無事ランデブーするのがまた一苦労だ。
文明の利器スマートフォンがあってもだ。
相手がまともな人間ならまだしも、薬物中毒者であることがほとんどだ。
しかも重度のポン中の場合が多い。
そうなると時間は守らない、約束をたがえる。
そういったことは大して珍しいことではない。

苦労の末、無事に取引相手と落ち合えても、Sにネタを預けて手ぶらのまま待ってるのは、とても辛抱のいることだ。
戻ってくるまでは、気が気ではない。
ギャングにあってないか?職質にあってないか?等々。
Sよ、さっさと儲けて現金でネタを買い取ってくれ。
そして僕をさっさと帰してくれ。

「もう何回も取引してんねんから、そろそろ現金溜まったやろ?100グラムくらいポーンと買うてくれよ」
貯まってなんかいないのは承知の上で、ことあるごとに僕はお願いしたものだ。
その都度、彼は様々な言い訳をして現金がない理由をあれこれ申し立てるのだ。
(結局ネタとギャンブルに使ってるだけやんけ)
僕はそう思いながらも彼の言い訳を、悲しい思いで聞いていた。

大阪ジャングル

Sの人間性は嫌いでは無い。
この世界の事を色々と教えてもらった。
是が非でも彼にお金を持ってもらいたい。
取引の安全性ももちろんだが、彼に成長して貰いたかった。
彼のいいところを見たかったのだ。
彼も僕にいい所を見せたかったのだと、僕は思っていいる。
人間は結局、心底自分のなりたい自分にしかならないものだ。
彼の夢と僕の夢はズレていたのだろうか。

彼はどっからどう見ても困ったちゃんだ。
シャブ中でギャンブル狂、そして見栄っ張り。
でも僕は彼の中にどこか誠実なものを感じた。
そして彼はその時々を楽しむ。
僕にはない特性だ。
先の事を深く考えず、ただただ今を生きる。
動物的なその生き方に潔さすら感じた。
動物的な生き方をしているためか、動物的な感が働いた。
危険なにおいを嗅ぎつけ、危険予測するので、彼といるときには不思議と警察に出くわさなかった。

市内ほとんどの交差点名や、膨大な路地裏の裏まで知り尽くした記憶力。
ありえない距離でパトカーを発見するその視力。
次の角を曲がれば検問があると予知する能力。
時として野生の第六感が働くのか、取引を強行に休止したり、最短距離を進まず迂回することがあった。
全く合理的でない判断だが、強く主張するので僕は彼に従った。
野生の感としか説明がつかないことがよくあった。

彼にとって大阪の街はさながらジャングルだったのだろう。
政府公認の密猟者である大阪府警に、彼は絶対に捕まるわけにいかないのだ。

毎日電話して、ほぼ毎日会うようになって、次第に彼に愛着に似たものを感じるようになった。
彼に成功してもらいたい。
でもその思いは、僕のエゴが生む余計なお世話だったのかもしれない。
僕は独善的に自分が正しいと思っていたのだ。
彼は野生の動物であって、鎖につないでおくことはできないのかもしれない。
シャブもギャンブルも、彼から奪い取ることは到底不可能なように思えた。

新阪急ホテル

さて、今日の取引の場所は新阪急ホテルだ。
大阪でも最も栄えているところといってもいい。
しかも彼との取引では過去最大の200gだ。

僕は約束の時間5分前に新阪急ホテルのロビーに到着した。
いつものように彼は時間どおりにはこない。
電話をすると、
「もう向かってるで~すぐすぐ」
こういう返答が帰ってきた。
最初の方は、この言葉を信じて大人しく待っていたことがある。
一般的に「すぐ」というと、数分か長くて10分というのが適当だろう。
だけど彼の「すぐ」はそうではなかった。
その電話から、彼が到着するまで40分もかかったのだ。
そんなことがあってから、彼に詳しく状況を尋ねるようにしている。
大量の大麻を抱えて、1時間近くも都会で立たされては堪らない。

「すぐってあと何分?」
と僕
「あと20分くらい」
とS
「今どこにおる?」
「堺入口」
(!)
「堺から梅田まで20分で無理やろ!」
「いけるいける」

(またこれや)
僕は約束の時間に平然と遅れてくる人間を許せなかった。
しかも薬物の売買の時間だ。
絶対に遅れてはならないと思っている。
でも仕方ない。
他ならぬS君のことだ。
腹を立てるだけこちらが損である。
梅田の街を当てもなくブラブラした。
できるだけ大麻とは離れていたかった。

20分が過ぎた。
彼に電話してみる。
「今どこ?」
「阪神高速」
「阪神高速のどこ?」
「堺線」
(はぁ、まだ堺線か。どうせ最初に電話した時、まだ出てへんかったんやろう)
うんざりしながらも諦める僕がいた。
シャブをやる人と知り合ってから、遅刻する人に寛大になったようである。
いくら彼らに抗議しても、裁判所で大麻の有用性を主張するようなものだからだ。
全く通用せず、ただただ刑が重たくなる。
自分が正しいと思っていることを主張しても通用しない世界があるのだ。

結局今回も約束の時間に1時間遅れてSは着た。
いつものことで何も言わず、取引が行われる部屋に粛々と向かった。

部屋に入ってSは客に電話をかける。
何やら懐かし気だ。
電話を終わったSに相手の素性を聞いてみた。

今夜の太客(大口の客)は名前をY君というらしい。
Sと同郷でかつてSと同じホストだったらしいが、今では現役の暴力団員になったようだ。

またややこしいのがくるな。
そう思って覚悟して待っていた。
しかし1時間経ってもこない。
僕はSに催促する。
Sはもう一度客に電話してみた。
客は金を取りに江坂の方に行っているらしい。
今まで梅田にいたのに。
何をやってるんだか。
もうしばらく待ってくれとのことだ。

Sがいうには彼もポン中(シャブ中毒者)だということだ。
(勘弁してくれよ)
二人の覚せい剤中毒者に二回も待たされ、予定時間より3時間ほど遅れてにSの昔馴染みのY君は、ついにやってきた。

服はスーツでビトンのカバンを持っている。
羽振りの良さそうな感じだが、顔は汗だくだった。
大幅に遅れて来たのに、全く悪びれず、部屋に入ってくるなり
「S。まだコシャなシノギしてるようやのう」
そう行ってSをからかった。
そして、僕を下から上まで舐めるように見た後。
「こんな引き先(大麻の仕入先)あんのになんで上にあがられへんねん。いつまで底辺でうろちょろしてんねん」
そう言い放った。
僕は
(こいつ調子乗っとんな。Sよ、何か言い返してやれよ)
そう思って見ていたが、Sをみると、ただ卑屈な笑みを浮かべているだけだ。
関係性がわかった。
最初Sから聞いていた時は対等な感じがしたが、完全に下に見られている。
僕はSに代わって、大柄な彼にとても腹がったった。
そして、それ以上に何も言い返さないSにも腹がたった。
しばらくSとY君はこれまでの間、お互いに何があったかを話していた。
散々待たされてやっと物と金の交換が終った。

Y君は出て行った。
Sは僕に
「あいつ極道なりよったな。俺は絶対ならんわ。極道は外道や」
そう言っていたが、
(なったとしてもSでは万年ペーペーやからならん方が幸せやな)
彼が極道になった姿を思い浮かべながらSの話を聞いていた。
「ほんで、あいつ、めっちゃシャブ決まっとったな、アレ、相当いっとんで」
確かにそうかもしれないが、
(君に人のことはいえんで)
僕の闇の世界の師匠的存在である彼ではあるが、メッキがどんどん剥がれて、僕に気勢をはることで、対面を保つことに必死な彼を冷ややかに見ていた。


彼にはこの世界の流儀を色々教わったし、実際とても助かった。
ただ、この先もこの世界を一緒に歩ける気がしなかった。
彼と一緒にいると、良からぬことにこれから確実に巻き込まれるに違いない。
それは明らかであるように思えた。
その前に、何としても自ら気づいて這い上がってほしい。
彼にはも家族があるのだ。

とっくに日付が変わってしまっている。
早くかみさんが待つ家に帰らないと。
Sに別れを告げて部屋から出ようとしたらSの電話に着信があった。

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